広告です。クリックいただけると励みになります。

人気記事(昨日)

    2025年08月02日

    チュニジアの戦いとは

    damian-patkowski-T-LfvX-7IVg-unsplash.jpg

    質問

    チュニジアの戦いとはなんですか


    解答

    「チュニジアの戦い(Battle of Tunisia)」は、第二次世界大戦中の北アフリカ戦線の最終局面で起きた戦いです。
    主に1942年11月から1943年5月まで、**連合国(イギリス、アメリカ、フランス自由軍など)と枢軸国(ドイツ、イタリア)**の間で行われました。
    戦場は現在のチュニジア共和国の領土内でした。


    【背景】

    北アフリカ戦線では、ドイツのロンメル将軍率いるアフリカ軍団(Afrikakorps)がリビア、エジプトをめぐってイギリス軍と激しく戦っていました。
    1942年10月の「エル・アラメインの戦い」でイギリス軍が勝利し、ロンメル軍は西へ撤退。
    さらに、1942年11月、アメリカとイギリスが「トーチ作戦」でモロッコ・アルジェリアに上陸。
    東からは英軍が、西からは米英軍が、チュニジアを挟み撃ちにする構図になりました。


    【戦いの経過(簡略)】

    1. 1942年11月:連合軍のトーチ作戦(北アフリカ西部への上陸)
    * 狙いはチュニジアを制圧し、北アフリカから枢軸軍を追い出すこと。

    2. 1943年初頭:チュニジアに枢軸軍が増援
    * ヒトラーはドイツ軍の精鋭をチュニジアに送り、徹底抗戦。
    * 激しい山岳戦や都市戦が行われた。

    3. 1943年5月:連合軍が首都チュニスを制圧
    * 5月13日、ドイツ・イタリア軍が全面降伏。
    13万人以上が捕虜になり、北アフリカ戦線は終結。


    【意味と影響】

    * 連合軍にとっての初の大規模な枢軸軍撃破
    * アメリカ軍にとっては初の欧州系戦線での勝利。
    * 「次のステップ(イタリア本土上陸)」への橋頭堡になった。
    * ドイツとイタリアは北アフリカから完全撤退 * 地中海の制海権・制空権を連合軍が確保。


    【有名な関連人物】

    * エルヴィン・ロンメル(ドイツ):アフリカの英雄と呼ばれたが、戦況の悪化とヒトラーとの対立で後方へ。
    * バーナード・モントゴメリー(英):エル・アラメイン以後、北アフリカで英軍を指揮。
    * ドワイト・アイゼンハワー(米):連合軍の総司令官、のちの米大統領。





    植民地独立の起源 フランスのチュニジア・モロッコ政策 [ 池田亮 ]

    価格:6160円
    (2025/7/18 11:08時点)
    感想(0件)


    われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行(い)くのか 生物としての人間の歴史 (ハヤカワ新書juice) [ 帯刀益夫 ]

    価格:1540円
    (2025/6/3 13:35時点)
    感想(0件)


     



    ブログランキング・にほんブログ村へ
    【下記、広告です。クリックいただけると励みになります。】
    posted by モニー at 17:00| Comment(0) | アフリカ史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
    この記事へのコメント
    コメントを書く
    コチラをクリックしてください