質問
チュニジアの戦いとはなんですか |
解答
「チュニジアの戦い(Battle of Tunisia)」は、第二次世界大戦中の北アフリカ戦線の最終局面で起きた戦いです。 主に1942年11月から1943年5月まで、**連合国(イギリス、アメリカ、フランス自由軍など)と枢軸国(ドイツ、イタリア)**の間で行われました。 戦場は現在のチュニジア共和国の領土内でした。 【背景】 北アフリカ戦線では、ドイツのロンメル将軍率いるアフリカ軍団(Afrikakorps)がリビア、エジプトをめぐってイギリス軍と激しく戦っていました。 1942年10月の「エル・アラメインの戦い」でイギリス軍が勝利し、ロンメル軍は西へ撤退。 さらに、1942年11月、アメリカとイギリスが「トーチ作戦」でモロッコ・アルジェリアに上陸。 東からは英軍が、西からは米英軍が、チュニジアを挟み撃ちにする構図になりました。 【戦いの経過(簡略)】 1. 1942年11月:連合軍のトーチ作戦(北アフリカ西部への上陸) * 狙いはチュニジアを制圧し、北アフリカから枢軸軍を追い出すこと。 2. 1943年初頭:チュニジアに枢軸軍が増援 * ヒトラーはドイツ軍の精鋭をチュニジアに送り、徹底抗戦。 * 激しい山岳戦や都市戦が行われた。 3. 1943年5月:連合軍が首都チュニスを制圧 * 5月13日、ドイツ・イタリア軍が全面降伏。 13万人以上が捕虜になり、北アフリカ戦線は終結。 【意味と影響】 * 連合軍にとっての初の大規模な枢軸軍撃破 * アメリカ軍にとっては初の欧州系戦線での勝利。 * 「次のステップ(イタリア本土上陸)」への橋頭堡になった。 * ドイツとイタリアは北アフリカから完全撤退 * 地中海の制海権・制空権を連合軍が確保。 【有名な関連人物】 * エルヴィン・ロンメル(ドイツ):アフリカの英雄と呼ばれたが、戦況の悪化とヒトラーとの対立で後方へ。 * バーナード・モントゴメリー(英):エル・アラメイン以後、北アフリカで英軍を指揮。 * ドワイト・アイゼンハワー(米):連合軍の総司令官、のちの米大統領。 |
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