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    2025年06月23日

    ニザール派とは

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    質問

    ニザール派とはなんですか?


    解答

    ニザール派(ニザールは、英語:Nizari Isma'ilis)とは、イスラム教シーア派の中でもイスマーイール派に属する一分派です。中世イスラーム世界で大きな影響を持ち、特に「アサシン(暗殺教団)」として知られる伝説的な存在と関わりがあります。以下、歴史・思想・特徴を順を追って解説します。


    ■ 背景と宗派的位置づけ

    1. イスラム教の宗派分類

    • スンニ派:多数派。預言者ムハンマドの後継者を共同体の合意で選ぶ。

    • シーア派:少数派。ムハンマドの後継者(イマーム)は血統により定められると信じる。
       - シーア派の中でも分かれる。
        - 十二イマーム派(主流、イランなど)
        - イスマーイール派(ニザール派の母体)
          - イスマーイール派の中で、後に ニザール派ムスタアリー派 に分裂。


    ■ ニザール派の起源

    2. 分裂のきっかけ(11世紀)

    • イスマーイール派は、ファーティマ朝(北アフリカ〜エジプトのシーア派王朝)を支配。

    • 1094年:ファーティマ朝の第8代カリフ・イマーム「アル=ムスタンスィル」が死去。

    • 後継者を巡って争いが起こる:
       - 長男の ニザール を支持 → ニザール派
       - 幼い弟の ムスタアリー を支持 → ムスタアリー派(ファーティマ朝の正統継承)

    ➤ 結果:ニザール派はファーティマ朝から離反し、独自に発展。


    ■ ニザール派の活動:アサシン教団

    3. ハサン・サッバーフと山岳拠点(11~13世紀)

    • ペルシャ人のハサン・サッバーフが指導者となり、**アラムート城(現在のイラン北部)**を拠点に活動。

    • 非常に組織的で秘密性が高く、対立者を暗殺することで知られる。
       - ヨーロッパ十字軍やセルジューク朝のスルタンを標的とすることも。
       - この暗殺戦術が後に「アサシン(Assassin)」という言葉の語源になった。

    4. モンゴル帝国による滅亡

    • 1256年:フラグ率いるモンゴル軍によりアラムート城が陥落。

    • 以後、表舞台からは一時姿を消すが、密かに存続。


    ■ 近現代のニザール派

    5. アーガー・ハーン家

    • 現代のニザール派は「アーガー・ハーン」と呼ばれるイマームを精神的指導者に戴いています。

    • 現在のアーガー・ハーン4世は国際的に著名で、慈善活動や開発援助(アーガー・ハーン財団など)も行っています。


    ■ ニザール派の特徴まとめ

    項目内容
    母体宗派イスマーイール派(シーア派の一分派)
    創始期11世紀、ファーティマ朝内の継承争いから分裂
    重要人物ニザール、ハサン・サッバーフ
    拠点アラムート城(イラン)、後にシリアなど
    歴史的特徴秘密結社的組織、政治暗殺(アサシン)で有名
    現代の指導者アーガー・ハーン4世(第49代イマーム)
    現代の分布中央アジア、南アジア、東アフリカ、カナダなどに信徒
    現代の傾向教育と福祉に力を入れる穏健なイスラム集団







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    posted by モニー at 11:00| Comment(0) | 中東史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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